henzan
2010-06-01 一日の流れでOK

フィギュアの画は、
見せながら変えながらではなく、
あくまでも良くも悪くもオチとしてのフィギュアなんで、
途中では一回も見せない。
というより、
フィギュアというものがどういうもので、
どういった成功例があって、
土産物でフィギュアを作らなければいけない意義とか、
流行り廃りなども含めて喧々諤々していくのが面白いと思う。

たしかに、
形に関しても言及していくシーンは後半にあるし、
そこをどうするかも肝だけれど、
そこに合わせすぎて、
会議そのものとキャラの魅力が半減しているように思えるんだが。

会議がやっとまとまって緊張から弛緩に。
そして後日島袋が作ってきたものは?
という、ラストのみ時間経過で変化持たせればいいよ。

フィギュアというものが分からず、
右往左往する島袋以外は、
この企画会議でみんなは非常にいい変化なり成長を見せることで、
話のメインを持ちあげたいんだが。

昨日のケータイでもらった案だと、
その後のスピンオフになりかねない、
という危惧があるんでイマイチピンとこないんだが。

島袋が作ってきたものを隠す方向性で話が進むと、
やはり会議そのものよりは、
キャラが目立つようになっちゃうのかなぁ?


あ、
でも島袋が作ってきたものが何なのか?
ということから解き放たれて、
島袋の作ってきたものを隠す、という方向から、
砂川が覚醒してそもそもの会議の本題を見つける、
そしてそこから叩き上げるという形も有りかもしれない。

要は隠すことに終始するあまり、
会議で練られるみんなの頭の中の結合、
という醍醐味が失わなければいい。

そう思う。

僕の言いたいことわかるかなぁ?



2010-06-01 08:51 Permalink | コメント(0) | トラックバック(0)
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